できあいの意味と言語では何も言えていないと気づいた瞬間には

整理してから書きなさいというのは、大体において無理がある。

そもそも、何を書きたいのかわからなくて、既存の単語の概念ではおそらく存在しない体感というのがある。

そうして捉えた体感に取り掛かってテキストを出現させるのが、ぼくの詩のほとんど。

事後そのテキストについて、整理された説明を加えるのは、やはりそのテキストを冒涜ぼうとくしてしまうきらいがあるから

次回作が、或る意味で前作迄の詩のテキストの注釈を成していると勘ぐってもらえるくらい

その第四次言語だいよじげんごとしての詩の次元のまま、説得力を迫らせたいと願うのは、書き手のわがままかもしれないけれど。

思うに詩は詩で会話するし、音楽は音楽で会話することになっている。

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