垣根の垣根の曲がり角で

火を見つめるのが好きで、特に焚き火の燃える様などは我を忘れて見つめてしまい、いつか喉が渇いたことに気を取られるまで意識は静かに一点に留まる。酸素を吸って二酸化炭素を吐くことで言えば、生き物の呼吸も或る種の燃焼だろうし、したがって生き物は或る種の火と言えるだろう。すると、万物は火だといった古代人の話もわりにすんなり頷ける。


で、生きているのがすばらしいのは、無条件に火が燃えるのが魅力的であるのと同義なのだと思った。何せ、一切は燃えている。めらめらと燃える火もあれば、静謐に点る火もある。その燃え方は、何を燃やすかに起因しているところが多いようで、それは情熱かもしれないし業火かもしれない。


いずれにしても、その燃焼は言い知れない美しさを孕んでいるけれど、それは火のあかりの本質が死を前提にしているからだろう。

燃えている瞬きは生と死の臨界点にある。その点を何気なくぼくたちは火と呼んでいる。

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