トランス者

個別の作品の黎明に立ち会う折には、トランスがかっていることが多い。

けれど、アルバムとか詩集とか、個別の集合体となれば間違いなく理性がそれらを束ねている。

実のところ、トランスと理性の境界がいまいちぼくには分かりかねるけれど、はっきりしていることは、トランスは振り返ってみても、それまでのことを理路整然と説明することができないということだ。

したがって、同じものを理詰めで生み出すことはできない。そして、それは、だからこそ価値があるとも言えるだろう。

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