回帰線

思考は現実化するという。とすれば、想像力はひとつの才能だ。なりたい存在になれるのだ。過程まで想像が及べば、現実は進んで、因果律のうえで段階化する。妄想は盲目の想念でその次第ではないけれど。

着地点は、原点である。はじめて世界を目の当たりにした、よどみない眼差しへの回帰こそ目指すところだ。けれど、ぼくらは汚れていく。だから、せめて最高の挫折を求めてやまない。



およそ、多くは孤独を悪者扱いして、不感症の聖地へ差し向けて、やはり目先の脳髄は反射的につき従う。しかし、ぼくに言わせればそれは誤ちだ。それは美からの逃避だからだ。つまるところ、美は日常への背徳にある。

日常自体からは美が見えない。日常からふと意識が外れたときにたち現れる心象に美を認める。そこには必ずノスタルジックなデジャヴがある。日本語では憧憬というが、憧憬は日常を見透かしたその先に何かしら自らの原点への合致をほのめかしている。

著者