スナフキンの恋人

ディズニーのピーターパンのアニメが好きで、ティンクの粉をふりかけて、楽しいことを想像すると飛べるって発想、最高だなぁってかねがね思っている。
あと、ウェンディが最後、わたし大人になってもよいわ。っていう場面のあの大人の指す意味に憧れる。
あそこで言われている大人は、私見だけど、子供性を失わず受け入れる懐の深さと現実世界で生きていくたくましさを兼ね備えている姿だと思うから。
ところで、ピーターパンとスナフキンはなんとなく似ている。
同じ緑の装いってのもあるけれど、男性性の象徴的存在なとこも似ている。
ぼくが思う男性性とは、自由と浪漫のことだ。
男性はきっと、この性質上、完全な大人になることはないのかもしれない。
女性にとって、大人になることは、既にして悟りみたいなものだと思うけれど
男性のダンディズムはいたずらに大人になることをそもそも嫌うし、退屈より孤独を愛するので、ネバーランドと現実を行き来するのを止めはしないだろうし、冬には彼はムーミン谷から旅立つだろう。
女が大人になっていくことに、男は強い憧れを持つし、それを美しく思うだろう。
けれども、憧れや美しさを抱けば抱くほど、同時に男は一層孤独を感じ、寂しさを禁じ得ない。
さて、男は世を捨てるとやがて仙人になるだろうが、女が世を捨てると化け物になるだろう。
男は、仙人になるのはやぶさかではないが、女は化け物になるのはご免なので、男の血を吸って人間でいようとする向きはないではない。
そういう事情で、思うに、スナフキンの恋人を描くことは、冒涜だ。
そのため、第二のスナフキンたらん男性のぼくらは、ぼくらの現実のうえに実践する。
秋めいてきた雨の夜よ…。

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