生活と創作

出張から帰ってからずっと雨で洗濯できないでいたら、明日で履くパンツがなくなる。
仕事にかけるエネルギー分を創作に注げたら、どれだけのものが書けるだろう?と帰りの電車で思った。
「時間がたくさんあったって、そんなにたくさんは書けないぜ」
窓ガラスに写るぼくは、またこうも言う。
「仕事に取り組んだり、旅したり、酒を飲んで語ったり、結局、創作以外の生活をまっとうしなければ、創作自体実らないぜ?」
そう言われたら、そんな気もしてくる。
創作と食事と入浴と洗濯と、、、実はルーチンのなかでは同じ部類に並んで在る。
創作は、自分の拠り所だけれど、創作のために創作するようになったら、きっと欠伸が出るほど退屈なモノが出来るだろう。
(怖れるのは、イメージへの瞬発力が衰退することだよ。)
窓ガラスに写るぼくに、こちらのぼくはそう言った。
「君は、賢く自分を見積もるうちに、愚かな打算に足元掬われるよ。もっと、純粋に感じたまえ」
たしなめられた。
(無意識の習作が、手伝って、きっと、もっと、ぼくの執筆は表出する)
電車を降りた。
毎日、忙しい。
それでも、ぼくは詩人であることに再会する。
汗くさいパンツを洗濯機に投げた。

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