プロレタリア物理学

プロレタリアが綱を引くと、ブルジョアは綱を手放し、プロレタリアは落っこちる。
その綱はブルジョアにとっては、数あるひとつに過ぎやしない。
けれども、プロレタリアは鬼の首を取ったように歓喜するが、構造は何ひとつ変わらない。
それが歴史だ。
資本主義とは、形而下に表れた物理学に過ぎない。
なにしろ、お金にさえ重力がある!!
大きいお金には、お金がたくさん引きつけられ
なけなしのお金は離散する…。
悪魔の所業などではない。
あれは、精緻な匙加減で天秤を揺らす諸行なのだ。
プロレタリアは怒るだろう。泣くだろう。憎しむだろう。プロレタリアとはカーストなのだ。
目覚めた革命家とは、プロレタリアではなく、異端なバラモンである。
シッダールタである。ブッダである。あるいは、キリストでありマホメットである。
世界を正しく見積もった者である。
喧騒を離れ、宇宙の声に耳を澄ました者である。

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