アスリート

出張から帰った。
六日のうち最初の三日は、発熱で散々だった。
仕事のパフォーマンスを一定に保つには、アスリートと同じ意識を持たないといけないと改めて気づかされたのである。
思い返せば、七年前。京都、大阪、神戸を十四日中十三日のライブを組んでしまったことがある。
案の定、途中体調不良に陥り、最悪な状態で演奏をしたのだった。
肉体はすべてという唯物視観に傾倒した。なにしろ、脳みそも肉体の一部だ。
だが、逆に唯心の考えも捨てがたい。笑いでストレスは消え、癌細胞がなくなるというデータもある。ポジティブさは、肉体を促し得る。先立つ精神論がなければ、いかに健康体でも、デクノボウなのだ。
とはいえ、精神論一辺倒は危険だ。旧日本軍は、精神は無限の力があるから、巨大な物量の鬼畜米英に凌駕出来るとうそぶいた。結果はミッドウェー以降の敗走を見れば無惨そのものだ。
かくして、自らの身の丈を把握しつつ、先見の明を持って日々文武両道に努めるという無難な結論に至る今宵。
ところで、諸君!
その昔、ぼくは学校の先生に「キミたちは、明るい未来のために生きるんだ!蟻とキリギリスの蟻にならなきゃならん!」なんて言われたことがある。
ぼくは直ちに反論して「先生、ぼくたちはいつでも今しか生きられないのだから、今の為に生きるんじゃないんですか?」と。
場がざわついた。先生は話の腰を折られて不愉快そうによくわからない持論を進めた。その後のことは覚えていない。
先生の言わんとすることはなんとなく分かるけれど、「明るい未来」って一体なんなのか?それはいつ来るのか?
その事は、ずっと腑に落ちていない。
むしろ、ぼくには、「明るい未来」より「明るい今」が必要だ。断続的に!
かえって、幸せは後から「あの時輝いてたな。」なんて過去を愛でる時に反芻するほうが、幸福の輪郭は明瞭なものだ。
そんなわけで、毎日の輝きを目指さずして、明るい未来なぞちゃんちゃらおかしい。
そこで、諸君!
また命題を送ろう!
「キミたちは、仕事の為に生きるか?休日の為に生きるか?」と。
たとえば、仕事の疲れを取るために土日を寝て過ごすのは、仕事の為でも休日の為にも生きていない。ただ生きているだけだとぼくは思う。
問題は毎日輝けるかだ。毎日輝くために生きるのだ。
それは欺瞞ではない。
毎日、自分の肉体と脳みそを開いていきたい。そこには確かに明るい予感はある。

著者