自分の在処

自分に正直に生きたいと思うけど、自分はどこにいるか分からなくなって、こわくなる。これ書いているの、自分なのに可笑しいね。例えば、朝起きたら、あまり自分が見えないけど、あ、自分にならなきゃって起動させようとしている。ある種、義務のように。でも、それは必ずしも自分に正直なわけではない。諦念とか習慣とか。

 

燃えるような恋がしたい。

納得のいく文章を書きたい。

 

そんなことを考えるのは間違いなくぼくなのですが、これはあくまでこうありたいっていう希望的なぼくであって、現象における現実的なぼくではない。

 

現実逃避ではなく、むしろ、現実に逃げ込んでいるようで、夢を追うのがこわいのだ。

著者