詩と気配との問題

詩で気配を伝えることは、文字の配置とそれに伴う情報伝達の時間差が関係している。気配は意味そのものではなく、無為の恣意するモアレです。したがって説明的文章は無為とは逆ですから詩としての本分から逸脱する。詩は表象への憑依の客体化であるなら、読み手にとり、イメージ再生の窓口となる。

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