行動について

ぼくは、穏やかな人というふうに思われることが多い。けれども、身近な人たちはぼくが決して穏やかでない人間であることを知っている。

むしろ、喧嘩っ早くて気難しく浮き沈みのある厄介な人間である。頑固物である。ぼくを嫌う人も多いが、好いてくれる人もいてくれる。

このサイトを読んでくれている人は、ほとんどそれを知っていると思う。ぼくの最大の欠点は、臆病であることである。詩人を名乗るには足らないほど臆病な人間である。臆病で弱いものだから、捨てられた仔犬のようだね君はといろいろな人に言われる。それを誰より自覚している。

ぼくのまわりには、すごい人たちというのがいる。すごい人たちは、リスクをリスクと思わない度量、器量を持っている。だから、行動が自然体であるにも関わらず大胆でもある。それを、とても羨ましく思いそうなりたいと願っている。

ぼくの行動は、もっぱら言葉という行動である。しかし、言葉は明らかに狭義においての行動に過ぎない。人間は動物であるから、動きにおいての行動が本分でなくてはならない。それを両立させた四字熟語が例えば知行合一とかいう。有言実行という行動もある。

とりあえず、物事は動くなかにしか進展がない。動くうえでの参謀はあくまで脳みそであるけれど、それは動く以前では所詮、絵に描いた餅でしかない。現実は、動きのなかに身を置いて、そのうえで如何にアプローチするかということでしかない。現実というものは穏やかではない。それを穏やかに、自然体にかつ理知的にこなして動くというのが自分の目指すところだ。

そして、それをいちいちこのように書くのは、これがぼくなりの行動の端緒であるからに他ならない。

著者