権威

気のおけないひとと連日飲み語る機会に恵まれて私は嬉しい。今年や来年や十年後、二十年後が楽しみになるいま現在。そういう高揚感というものは、権威側のフォーマットには微塵も感じられないわけですから、すがる必要もこびる必要もありません。古典や基礎からは学ぶ必要がありますが、それは権威ではなく、普遍だからです。ところが、権威というのは、ただの太鼓であることが実に多い。煩いというのが、実際なのです。

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