ひとりごと

お酒を飲むたびに、さびしく、かなしい気分になるのです。だから、もうお酒を飲みたくないのです。最近は、身体の具合も芳しくないので、たばこを買って吸うのもやめました。買っても、すぐ箱ごとすっかり捨ててしまうのです。それは、このあいだ、のりこがそうしているというのを聞いて真似しているのです。時々、もらいたばこをしますが、たばこはとっても美味しいものです。だから、さびしくて、かなしい気分になる時くらいは、一本二本のたばこを吸うためだけに買うこともありますが、それは、時々ガムやアメ玉を買うのと一緒です。それで、見えてくる景色の変化を期待していたのですが、生きていて何も楽しくないような時間が続くので、死ぬしかないのかとなんとなくそのように、そんなことばかり、ここ数ヶ月考えておりました。頭の中は、虚無にまみれていて、首尾よく、その虚無に、少しの風と光が通うので、その些細な感慨を、たとえば詩や絵に投影させてみせました。果たして、その瞬間は、虚無が反転した彩りを催すので、ぼくはそればかりを生きる頼りにしているのです。ところが、そういった表現がひとたび目的化されると、たちどころに、その彩りは偽りの色に立ち込めてしまうのでした。したがって、ぼくの表現の取組みは、水泳における息継ぎに過ぎないようで、何処までいっても、不足と充足のつがいを逃れることは出来そうにありません。ここに至って、ぼくの目的については、もはや、無為の境地に解脱することのように思えてしまったのです。おそらくそれは生きているようで生きているわけではないような、消極的な在り方に思えるのですが、なんとそこにはこの世でいちばん恐ろしい退屈が待ち受けていたのです。今となってはこの退屈に屈することが何より罪深く思えてならないのでした。この一連の円周を巡るうち、ぼやぼや考えるのがめんどくさくなって、うたを歌いたくなりました。叫びたくなりました。輪郭をなぞるように触りたいと願いました。夢の切れ端を持ったまま、眠りに落ちるほんの少しの間でも、近くにいる人びとを大切にしていたいと、不意に静かに思うのでした。

著者