憂鬱の美しさを知っている

誰にも会わず
連絡も取らず
休みの日を
過ごしている。
何のやる気もなくなってしまった。
そんな折に行方不明だったS澤くんが急にツイッターをフォローしてきた。
5年くらい前の弟分だったミュージシャンだ。
才能はあるがいつもお金に困っていた。
職や住居を転々としては蒸発を繰り返していた。
ぼくらはよく路上でビールを飲んだ。
よく死ぬことを楽しそうに話した。
実際、楽しかった。
ぼくらの青春は、ちょっと狂っていることを本気で語り合うことにかけて輝いていた。
実利的な価値観のいわゆる大人社会には馴染めなかった。
それで、やはりお金がなかった。
エレファントカシマシの歌詞のようだった。
今では、そんなに本気で死ぬことは考えていないが
そんなに本気で生きることも考えていない分
大きくあの頃よりも後退しているのは明白なのだ。
アウトローで
マイノリティであることが
生きにくさを助長したが
そうあることがアイデンティティだったから
それを誇れることが出来ないとしたら
すべてを失うのだなと思う。
社会にまみれて、関係して、
愛せることもできなかった自分の居場所は
最初から孤独にしかなかったことに安心している。
石ころのような
ぼくの絵
ぼくの詩
誰かの孤独にいつか出会うなら
きっと
そっと
やさしく
在りたい。

著者