精緻さを求めるなら疑うことは悪くない

朝日新聞とかヤバめの新聞はもとより、多くのメディアが向こうさんに操作されているということ(仮説としておく)を前提に物事を受け止める(受け流す)ということが、現在の正しい情報への向き合い方だと考えております。(というか来し方行く末そうです)その理由をここでツラツラ述べるより、その筋に精通した方々の意見を能動的に仕入れられた方が良いでしょう。騙されないように、強かで柔軟な考えが出来たら良いものです。島国で同じ民族の国家なのに、日本にはいろいろな思想と立場があるものです。国民を煽動するのに国民が愚かであれば都合が良いと昔の欧州の独裁者は書いていたかと記憶していますが、実際、一等国のどの国もそこまで愚かではないとぼくは思っています。また独裁体制を許した国の民も愚かではなかったと思っています。ひとえに、情報が何かしらの意図が介在していることを前提に、物事の真意を捉えようとするかしないかの意志に拠っていると思います。だから、これを読んでいる方が仮にぼくの知り合いでも、ぼくの書くことを丸ごと信じるべきではありません。もしかすると、ぼくはロシアのKGBかもしれないですし、半島の工作員かもしれないのです。或いは、創価学会や統一教会などの回しものかもしれないわけです。(可能性はゼロではない)はたまた覚せい剤常用者、売人、同性愛者の可能性も否定できないわけです。実際に判断するのは、いつでも受け手側に委ねられています。ゆえに、情報の発信側はたいていアドバンテージを取っているのです。で、それに迎合する訓練がいわば教育というモノの狙いのひとつでしょうから、高学歴の方がそういう方面のオツムは比較的弱いということになるのです。かつてのオウム真理教の信者などはそれが浮彫りになった事例でした。ここで大事なのは情報の発信側に立つ=アドバンテージを取るということと、それを平たく考えると、=権力側に在るという考えを前提に考えないといけない点でしょう。勝てば官軍が世の掟であるなら、さしあたり官軍の意図を読み解き理解に努めるのが第一ですが、官軍とは往々にして憎まれっ子世に憚っているので、或いはすんなりはいかないこともあるでしょう。であるならば、敢えて、官軍自らの敵対分子を育てて(ある程度の規模にして)、その敵対分子を咬ませ犬にして世論を得ようとするかもしれません。例えば、昨今の左界隈の異様な盛り上がりなんてのは安倍政権に取って脅威どころか、うってつけのやられ役としてのキャストだという見方もできなくないのです。まあまあ、敵の敵は味方という古くからある治世であるかの見極めも難しいですし、それを解説して報じるメディアも何かしらの思惑を抱えているとすれば、末端にあるぼくらにはなかなか自動的に真実が落ちてくるとは信じにくい。けれど、そんななかで、真実に目を開くには、相応の暇と余力が必要不可欠です。

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