茹でたブロッコリー

フェイスブックのタイムラインに流れていた全裸で寝る睡眠法を試してみたら、風邪を引いた。朝から喉がいたい。このエピソードを出勤早々、会社のひとに喋ったらおバカねと笑われた。朝から無性に、茹でたブロッコリーを食べたくて仕方がない。ささっと料理してくれるお嫁さんをもらいたい。本気か冗談かわからないテンションで心配してくれるようなお嫁さんが欲しい。おれは、薄い結婚に憧れた。薄くてよい。凡そ、結婚式をするなら、永遠ではなく5年契約とか7年契約とか、20年ローンみたいなものにすればよい。そして、離婚式をやればよいと思う。20年ありがとうみたいな、清々しいパーティさ。おしどり夫婦は、なんだかんだ更新し続けるだろう。終わりを感じるのは、卒業式の迫った3学期の切なさみたいなもので。そういうことを考えるのは、不自由を無思考のまま義務化されていく人びとを滑稽に思うからです。だから、自由なぼくたちは、不自由について、無責任なくらい自由に、考えを巡らしてみよう。これが、ほんとの自由研究というものではないだろうか。不自由研究か?ブロッコリーを食べたい。茹でたブロッコリーを。

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