冬眠したい

どうして人間は冬眠できないようになっているのだろう。ここ数年、寒くなるとそんなことばかり考えている。それはたぶん、冬の寒さを理性的に克服するチカラがあるからだろうことは、ずいぶん前に出した答えなのだけれど、そういうことではないのだ。ぼくは、ムーミンみたいに冬眠できるようになりたいのだ。学生の頃は、一日中ごろごろして、ついには数週間ごろごろして廃人の一途を辿ったことが幾度となくあったけれど、とうとう冬眠をすることはできなかったのだった。冬眠を目指した果てが廃人という惨たんたる結果に終わったということだ。(まだ、時々、正しい冬眠の方法が実は存在しているはずだと思っている)冬眠したい願望の底には、逃避願望があるのは自覚しており、何故逃避したいかというと冬はとても憂鬱な気持ちになるからなのだ。メランコリーをどうにかしたいのだ。結果、どうにもならないのだけれどメランコリーなぼくはひどく神秘的な感受性にもなって、世界がこわいくらい美しく思えたりするのである。それは好きとか嫌いとかの振り切れたところにある感じなので、逃げることもせず、その感慨を目の当たりにするばかりなのだ。それを文章や絵なんかに表現するのはとても楽しいのだけれど、それを簡単に屠ってくる日常というものがいちばん煩わしく一様に、神秘をむかし話か絵空事に変えてしまうのだった。だから逆にぼくは、冬眠するという絵空事を結構マジメに空想して、寒さに抗おうとするのだ。なにせ、もう廃人にはなってはいけないオトナなのだから。

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