ルッコラ

以前住んでいた湯島の物件も下高井戸の物件も高尾の物件も角部屋だった。偶々そうだった。けれど江古田の物件は、角部屋ではないのだ。なので入居後数日は両隣に気をつけて暮らしていた。だが、夜な夜な帰宅すると建物全体が真っ暗なのだ。庭に大きな木が何本も立っていて、門の扉も物々しくきぃぃぃと軋むから佇まいはさしづめお化け屋敷である。いつも両隣は雨戸が閉められていて物音もせず真っ暗なので、どうやら空室みたいなのだ。しかし玄関の窓からは荷物が積まれているのが見えるし、ガスの配管には傘が掛かっているので完全な空室とも考えにくい。一応、誰かが倉庫として利用しているということで心の折り合いをつけたのだった。であれば、ほぼほぼここは角部屋に準ずるものだというふうに曲解するようになり心休まる根城となったのだった。

都心に近くなり移動も平均40分減ったのとキッチンが広くなったのもあって自炊を小規模から再会するようになった。といっても、味にはうるさいくせに料理の心得がないので、内容はお粗末なものである。さしあたり、パスタを茹でるのと肉を煮るなり焼くなりして食べるようになった。ただ、どうも味気ないので調味料コーナーで岩塩を買った。岩塩はただの塩ではないらしく旨味がして、肉でも野菜でもふりかけると急激に美味しく思えた。パスタにちょいちょいベビーリーフを添えて岩塩で和えるだけで、いっちょまえのパスタサラダ的な見た目と味が完成するのであった。よく聞く、「料理とは素材×調理法」という方程式の意味がなんとなく分かるような気がして、品質のよい食材にうってつけの発想さえ組み合わせられたらぼくのようなど素人でも、わりあい外で食べるのと大して変わらない味が再現出来るのではないかという密やかな興奮を覚えた。今夜は、ルッコラという葉っぱを買ってきて湯にサッと通して岩塩をふりかけて食べた。なるほど、これが、ルッコラか。なるほど、これが、ルッコラか。

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