新しいうた歌えるまで

新しいうたを歌う予定でいる。と言っても新しいうたは首尾よく書けるわけではない。ましてやアイデアさえおぼつかない。けれど、新しいうたは出来ることは決まっているし、それを歌うことも内々に決まっている。誰かに聞かせようとは思っているが、当の「誰」かは決まっていない。今までも同様な塩梅で同じ工程を踏んできたが、その「誰」かは自分になるのが常である。自らを慰めたり喜ばせたり落ち着かせたりするためにそれは分解と生成を繰り返しているようだった。いつしか自分のうたを自分の一部なのだと考えるようになり、自分自身をよりよい形にエンハンスさせるために、新しいうたを必要としていることを自覚するようになった。(新しい服のようなもの)五感から欲するものは、新しいうたの素材となっていて、美しいものも歪んだものも楽しいことも苦しいことも最終的には一対になって自らの底部に落とし込まれて、深い眠りのなかで発色するのを待っている。それがうたへと変容するのに幾らか時間がかかる。だからそうそう頻繁には新しいうたは生まれないものだけれども、肝心のノズルが錆びついてしまわぬよう常にメンテナンスを施す意味で新しいうたを歌うことを前提に生きている。わたしはその意味でうたに生かされているとも言える。もし、そのモードを失うとすれば醜さに撃ち殺されてしまうのだと思う。

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