宇治川沿い

宇治川の畔の宿屋にいる。裏手には平等院鳳凰堂がある。宿屋といっても入り口は観光地の甘味処というかお土産屋さんみたいな感じの木造ボロ屋である。故に安い。

 

仕事あがり、夜の誰もいない平等院や宇治川の橙の灯った風景は、あたりに漂ういにしえの霊たちとまぐわっているかのようだ。

 

美しくていけない。美しいのは、うっとりするのは一瞬で、次第に苦しくなるものだから。

 

有機的な幻想をよりどころにしているような健気な呼びかけ。

 

本来なら、それだけでよかったようなものばかり愛おしくてかなわない。

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