単細胞になればよい

筋トレを今年に入ってから続けており、ほとんどのことがそれだけで解決され得るように思われた。シンプルなことだけれど、人はカラダもアタマもそのほとんどを使ってあげられていないのだと思う。それで、カラダもアタマも不貞腐れて不調に陥っていくのだ。ひとはラクな方、ラクな方へと流されるけれど、ラクな方を取れば取るほど絶望的な苦痛のタネを植えつけられることになる。筋トレなどはそれの逆なのだ。

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