詩人とは天才のことである

売れないバンドマンにはなりたくなかった。しかし、売れないというのは、伸び代を孕んでいる可能性もある響きだが、まったくの能無しの可能性も秘めている。ところで詩というコンテンツ自体はそもそもが産業化されていない分野であるから、売れている詩人というのは頭から誤謬である。だから、詩人というのは売れるとか売れないとか、そういうものではないのだ。それゆえ、その詩人が天才であるか否かそれこそが問題となるのだ。

詩人とは、(詩人という言葉が意味する当のものとは、)天才性を含んでいる。言ってみれば、発想とその発現そのものが稀有で有意義である。

売れているバンドマンは、実は詩人である可能性がある。バンドは、音楽のみのチカラで成立しているわけではなく、天才的な人物の天才的で些細な発想とその発現によって音楽とその存在自体が増幅されるものなのだ。

「詩人とは天才のことである。」

ぼくは、そう確信している。だから、おいそれと自ら詩人を名乗ることは躊躇われる。が、それゆえに名乗ることはロックなことだ。ロックとは生き方の流儀であって才能ではない。審判は時間によって執り行われ、以前はその年数を百年としていたが、最近では五十年、いや四半世紀でも名前が残り語り継がれるのであれば、大したものだと思う。

 

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